住宅ローンの返済が難しくなってきたとしても、基本的に滞納なしの状態では任意売却をできません。
債権者が特別に任意売却を認めた場合を除き、住宅ローンが滞納となってはじめて任意売却という選択肢が登場します。
以上の前提を踏まえ、ここでは滞納なしでは任意売却できない理由、滞納から任意売却までの流れ、任意売却の注意点や誤解などについて詳しく解説します。
住宅ローンの滞納なしで任意売却はできない
基本的に、住宅ローンの滞納がない状態で任意売却はできません。
債権者の意向で例外的に滞納前の任意売却が認められることもありますが、一般的に滞納していない方は任意売却をできないと考えてください。
滞納しなければ任意売却できない理由は次の通りです。
銀行は可能な限り元本と金利を払ってほしいから
銀行の主な収入源は、お金の貸付から生まれる金利です。
任意売却されてしまうと、以後は返済に伴う定期的な金利を得られなくなるため、融資をした意味がありません。
また、任意売却されることで、銀行は担保を失います。
その結果、無担保の残債のみが残る形となるため、銀行にとっての回収リスクが大幅に上がります。
滞納していない以上は任意売却を認めず、可能な限り元本と金利を支払うよう促すことは、融資をした銀行として当然の姿勢です。
原則として任意売却には「期限の利益の喪失」が必要となるから
任意売却を行う背景には、「ローンの一括返済を求められたから」という理由があります。
言い換えれば、「期限の利益が喪失したから」という理由です。
期限の利益とは、ローンを分割で返済して良いとする権利のこと。
債務者がこの権利を失えば、以後、早急に残債を一括で返済しなければなりません。
しかし、住宅ローンを滞納している方が残債の一括返済を求められたとしても、その資金を持っていないことが大半。
任意売却は、この資金づくりのために行われる手続きです。
まだ滞納した事実がない方に対し、銀行が「期限の利益の喪失」を通知することはありません。
期限の利益を喪失していない以上、債権者が一括返済を求めることもなく、また債務者が一括返済のために任意売却する理由もありません。
任意売却の可否を判断するのは保証会社だから
債務者が銀行から期限の利益の喪失を通知されると、銀行は保証会社に対して代位弁済の請求をします。
代位弁済とは、債務者に代わってローンを一括で支払ってもらうことを言います。
この代位弁済により銀行は債権を全額回収できるため、あえて滞納前に債務者からの任意売却に応じる理由がありません。
銀行側としては、「任意売却するかどうかは、『滞納→期限の利益の喪失→代位弁済』の後に、保証会社と債務者の間で勝手にやってください」という立場となります。
以上の理由により、一般的に滞納がない状態での任意売却は認めてもらえません。
これらの理由とは別に、たとえ滞納していたとしても、次のような理由で任意売却を行えないケースがあります。
債権者が任意売却に同意してくれない
任意売却は、債務者の意向のみで行える手続きではありません。
大なり小なり債権者に回収リスクが生じる手続きである以上、たとえ住宅ローンを滞納していたとしても、債権者の同意なくして任意売却は行えません。
連帯保証人・共同名義人が任意売却に同意してくれない
住宅ローンに連帯保証人が設定されていたり、対象となる不動産に共同名義人が設定されていたりした場合には、それぞれの同意を得なければ任意売却を行えません。
たとえ債権者から任意売却の同意を得られたとしても、連帯保証人や共同名義人からの反対があれば任意売却はできません。
任意売却後の残債が多すぎる
任意売却を行っても、その売却代金で住宅ローンの残りを完済できる例はまれです。
一般的には残債が残る形となるため、以後も債務者は保証会社や債権回収会社などへ返済を続けることになります。
しかし任意売却は、一般的に金策の尽きた方が最後の手段として行う手続きなので、任意売却後の残債の返済も決して楽ではありません。
まして残債の額が多すぎる場合、保証会社や債権回収会社は高い回収リスクを背負うことになります。
返済不能に陥った債務者が自己破産を選択すれば、以後、保証会社などは一切の債権を諦めざるを得ません。
これらのリスクを想定し、あえて債権者が任意売却を認めないケースもあります。
住宅ローン滞納から任意売却までの流れ
住宅ローン滞納から任意売却までの流れを具体的に見てみましょう。
なお、任意売却成立までのプロセスにかかる期間は、案件の状況や債権者の意向などにより大きく異なることもあります。
その点も踏まえた上で、一般的な任意売却の流れを確認します。
金融機関から連絡が入る
住宅ローンを滞納した翌日、または数日以内に、銀行から「入金忘れはないですか?」との連絡が入ります。
その後も入金せずに1か月ほどが経過すると、銀行から督促状が送られてきます。
担当者から督促の電話が入ることもあります。
督促が入った時点で銀行から入金期日を伝えられ、その期日までに入金されない場合、残債の一括請求を行う可能性(期限の利益を喪失する可能性)があることを伝えられます。
「期限の利益」を喪失する
以後も督促が何度か入りますが、滞納から3~6か月ほど経過した時点で、銀行から期限の利益が喪失したことの連絡が入ります。
これにより債務者はローンの残債を一括返済しなければならなくなりますが、多くの場合は一括返済が困難なため、銀行は保証会社に対して一括返済を求める形となります。
保証会社から銀行に行われる一括返済のことを、代位弁済と言います。
この時点から、債権者は銀行ではなく保証会社へと移行します。
競売開始決定通知書が届く
保証会社から銀行へ代位弁済が行われると、保証会社は債務者に対して一括返済を求めます。
しかし多くの場合、債務者には資力が残されていないため、一括返済に応じることはできません。
応じることができなければ、やむを得ず保証会社は裁判所へ競売の申立てを行う形となります。
申立てを受けた裁判所は、申立て内容を吟味した上で債務者へ「競売開始決定通知書」を送付。
競売開始決定通知書の到着から約4か月後に、実際に競売が行われる流れとなります。
なお、競売開始決定通知書が届くタイミングは、滞納が始まった月から起算して約6か月後です。
任意売却の相談を始める
競売開始決定通知書が届いたならば、速やかに専門家へ任意売却を相談します。
相談先は司法書士や弁護士、任意売却専門の不動産会社など。
司法書士や弁護士には専門分野があるため、事前に任意売却が専門かどうかを確認しておきましょう。
なお、任意売却の「相談」自体は、いつでも可能です。
ローンの滞納が始まっていない段階でも相談できるので、滞納の見通しとなってきた場合には、なるべく早めに相談することをおすすめします。
債権者と任意売却の交渉をする
専門家とともに債権者のもとへ出向き、任意売却の交渉をします。
専門家が代理人として一人で交渉に行くこともあります。
任意売却を交渉する前提として、連帯保証人や共同名義人の同意が必要となるため、それぞれから交渉前に同意を得ておく必要があります。
売却活動を行う
債権者から任意売却の同意を得たならば、債務者は不動産会社と媒介契約を結んで売却活動を行います。
媒介契約には「一般媒介契約」「専任媒介契約」「専属専任媒介契約」の3種類があります。
任意売却の場合には、不動産会社1社とのみ契約を結ぶ「専任媒介契約」もしくは「専属専任媒介契約」を結ぶことが一般的です。
なお、任意売却の売り出し価格は債権者の意向で決定しますが、速やかに売却を成立させるためには、相場よりやや低めの現実的な価格を設定してもらうことが重要です。
任意売却が成立する
買主が現れれば、不動産売買契約を結んで任意売却が終了します。
なお、債権者との交渉次第になりますが、任意売却に伴う引っ越し代などの各種の費用については、売却代金の中から出してもらえる可能性があります。
以上、住宅ローンの滞納から任意売却成立までの大きな流れとなりますが、これらの流れがすべて完結するまでに要する期間は、おおむね10か月程度と考えておきましょう。
【参考】リースバックについて
買主の意向にもよりますが、任意売却の際に買主とリースバックという契約を結んでいれば、任意売却後も同じ家に住み続けることが可能です。
買主に月々家賃を払う形で住み続けます。
「家への愛着がある」「子供を転校させたくない」などの理由で引っ越ししたくない方は、売却活動に際してリースバックに応じてくれる買主を探すようおすすめします。
また、中にはリースバックを前提に住宅を買取してくれる不動産会社もあります。
住宅ローンの滞納にいたる主な理由
住宅ローンの滞納にいたる理由は世帯によって異なりますが、一般的には次に挙げる6つの理由で住宅ローンの滞納にいたる傾向があるようです。
該当する方は要注意です。
離婚
離婚を原因として住宅ローンの滞納にいたる例は多々見られます。
特に多い例が、「夫名義の住宅に、妻と子供だけが住み続ける」というパターンです。
この例の場合、一般的に夫は家を出て別の場所で暮らしながら、妻と子供が住む家の住宅ローンを払い続ける形になります。
夫が最後まで滞りなく住宅ローンを払えば問題ありませんが、その保証はありません。
住宅ローンの滞納が始まる理由は様々です。
リストラや転職などによる収入減、再婚に伴う人生設計の変更、自分は住んでいない家に住宅ローンを払い続けることへの理不尽さなどが原因になり得ます。
一方、妻は妻で仕事をしながら子育てをしなければならないため、代わって住宅ローンの返済をすることは難しいかもしれません。
離婚は、住宅ローンの滞納が始まる大きな理由のひとつとなります。
失業・リストラ・転職などによる収入の減少
夫婦円満に暮らしている世帯であっても、失業やリストラ、転職などをきっかけに収入が大幅に減少してしまうこともあります。
住宅ローンを契約した時点では、本人も銀行も減収を想定していません。
想定外の減収となれば、住宅ローンの滞納へとつながる可能性もあるでしょう。
ケガや病気などによる収入の減少
ケガや病気なども、住宅ローン滞納のきっかけになることが少なくありません。
ケガや病気による一時的な欠勤であれば、会社の福利厚生規定や保険などにより滞納せずに済む可能性もあります。
しかし、脳梗塞や進行がんなどの重病や体の不随を伴う大ケガなどの場合、治療に専念するため退職を余儀なくされるかもしれません。
退職して収入が途絶えた上に生活費や治療費などがかさめば、住宅ローンの滞納へとつながっていくリスクがあるでしょう。
なお、ケガや病気などによるやむを得ない事情がある場合、金融機関に相談するのがおすすめです。
一定期間にわたって支払いの減免措置をとってくれたり利息のみの支払いとしてくれたりなど、何らかの温情的な対応を検討してくれることがあります。
自暴自棄にならず、速やかに銀行へ相談してみましょう。
想定以上に少ない退職金
定年退職した後に支払われる退職金が想定以上に少なかった場合、住宅ローンの返済計画が狂い、やがて滞納へとつながっていく可能性があります。
ですので、あらかじめ退職金に頼り過ぎない返済計画を立てておきましょう。
もし、すでに退職して住宅ローンの返済が厳しい状況となっている場合には、年金に加えて副業をするなど何らかの対策が必要です。
想定以上の教育費
子供の夢をかなえるため、あるいは子供の将来を案じるあまり、当初の想定以上に教育費を使う世帯があります。
日本政策金融公庫が2020年に公表した「教育費負担の実態調査結果」によると、高校入学から大学卒業までの7年間に掛かる1人あたりの教育費は平均965万円。
私立高校に通ったり、他の生徒よりも多く学習塾に通ったり、私立理系の大学に入学したりすれば、教育費はさらに上がることでしょう。
子供が2人、3人といる世帯の教育費は、単純にその2倍、3倍となります。
子供の教育費は、実際に子供が高校や大学を卒業して自立する時まで、いくら掛かるか分かりません。
乳幼児のころは教育費が少額ですが、その時点で住宅ローンを契約した方の中には、後々子供の教育費が収入を圧迫し、住宅ローン滞納へつながってしまうケースも見られます。
浪費
住宅ローン滞納において、意外に多い理由が浪費です。
モノを買う行為自体はストレス解消につながることもあります。
しかし、普段から大きなストレスを抱えている方の中には、世帯収入に見合わないほどの高額な浪費をしてしまう方もいます。
妻と夫が情報共有しながらしっかりと家計管理をしていれば問題ないのですが、多くの世帯では、妻か夫のどちらかに家計管理が一任されているのが現状です。
いざフタを開けてみたら、「夫が(妻が)借金してまで浪費していた」などという例も聞かれます。
とても住宅ローンの返済どころではありません。
配偶者の浪費を原因に離婚へといたった場合、一層住宅ローンの滞納リスクが上がります。
住宅ローンの滞納前から任意売却を検討すべき
基本的に任意売却は住宅ローンの滞納が始まってから行う手続きですが、例外的に滞納なしの状態でも任意売却を行えることがあります。
また、仮に滞納後に任意売却を行う予定であっても、専門家への相談は滞納前から行うようおすすめします。
例外的に滞納前でも任意売却を認められることがあるから
任意売却は、基本的に住宅ローンの滞納があってはじめて行われる手続きです。
ただし、債権者が特別に任意売却を認めてくれた場合は別。
債権者が「早めに任意売却してもらったほうが良い」と判断した場合には、滞納なしの状態でも債権者が抵当権を外して、任意売却できる状態にしてくれることがあります。
任意売却の「相談」自体はいつから始めても構わないから
仮に債権者から「滞納なしの状態で任意売却はできない」と伝えられた場合、任意売却の「手続き」自体は滞納してからしか始められません。
ただし、任意売却の「相談」自体は、いつから始めても構いません。
家計収支に照らし、ほぼ確実に住宅ローンを滞納する日がやってくると判断された場合には、早急に専門家へ相談すべきでしょう。
実際に任意売却のタイミングがやってきた際、少しでも有利な価格で売却するためには、早めに相談して準備を整えておくことが大事です。
任意売却の代替案として絶対にやってはいけないこと
住宅ローンを滞納してしまう見通しが出てくると、真面目な方であればあるほど、銀行に迷惑をかけないための何らかの方法を模索します。
その姿勢は非常に大切ですが、責任感の強さのあまり無理な行動に出ることは良くありません。
例えば、消費者金融やカードローン、キャッシングの利用です。借金を返すために借金をすることは、古くから禁じ手とされています。
借金の泥沼から這い上がった事例が、ほとんどないからです。
高金利の借金が高金利の借金を呼ぶ形となり、結果的にますます借金を増やすのみです。
また、住宅ローンを契約する際には団体信用生命保険へ加入しているはずです。
もしローンの返済中に契約者が死亡した場合、保険金から残債全額が支払われるため銀行には迷惑をかけません。
遺族の借金もなくなります。
この仕組みを利用し、突発的に自暴自棄な選択をしてはなりません。
それほどの責任感の強さがあれば、別の選択肢で十分に人生を立て直すことができます。
任意売却のデメリットとして誤解されているもの
任意売却のデメリットとして、「ブラックリストに載る」「将来的に融資を受けられなくなる」という2つをイメージする方がいるかもしれません。
しかし、これらのイメージには、やや誤解があります。
正しく理解しておきましょう。
ブラックリストに載る?
任意売却を行うと、信用情報機関に金融事故として情報が登録される(ブラックリストに載る)と理解している方がいます。
確かに任意売却を行えばブラックリストに情報が載りますが、これは任意売却を行ったことが理由ではありません。
正しくは、住宅ローンの滞納をしたことが理由です。
そのため、仮に任意売却を行わなかったとしても、住宅ローンの滞納をしていればブラックリストに情報が登録されます。
将来的に融資を受けられなくなる?
住宅ローンの滞納を理由にブラックリストへ情報が登録されたとしても、その情報が永遠に残り続けるわけではありません。
ブラックリストから情報が削除されれば、以後は融資を受けることができます。
ブラックリストに情報が登録される機関は借金の種類にもよりますが、一般的には5~7年ほどでブラックリストの借金情報は削除されます。